判決等
大阪地判令和6年7月2日(令和5年(ワ)第5412号)
大阪地判令和6年7月2日(令和5年(ワ)第5412号)
Xは、熊本県において木工製品を制作販売する個人事業主である。
Y1は、広島県所在の店舗を運営し、同店で販売する商品の選択やイベントの企画を行う者である。
Y2は、広島県において、ハンドクラフトインテリアやキッチンアイテムのアトリエを営む個人事業主である。
Xは、平成30年頃からストレートガラスカップに木製の蓋を付した保存容器(キャニスター)の制作・販売を開始し、以後、改良を重ね、令和2年、下記「作品対比表」の「原告作品」欄記載の各作品(以下「X各作品」)を制作・販売し、自己のインスタグラムに掲載した。
他方、Y2は、遅くとも令和4年7月24日からY各作品を制作し、自己のインスタグラムに掲載した。Y各作品の例は、下記「作品対比表」の「被告作品」欄記載の各作品(以下「Y各作品」)である。
Y1は、令和4年10月22日、Y店舗でY各作品の展示会を開催し、以後、同店舗やオンラインサイトにおいてY各作品を販売し、自己のインスタグラムにY各作品を掲載した。
Xは、Y各作品を制作・販売等するYらの行為は、Xの著作権(複製権又は翻案権、譲渡権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害するとして、Yらに対し下図の①~③を請求した。
本判決は、以下のとおりX各作品の著作物性を否定し、結論として、Xの上記請求①~③をいずれも棄却した(下線筆者)。なお、本判決はYらの行為につき依拠性も否定したが、本稿では割愛する。
一般に、Aが販売する商品と似たデザインの商品をBが販売している場合に、AがBに対して差止めや損害賠償を請求する場合(以下「本事例」)の法律構成としては、主に、著作権法に基づく請求、不正競争防止法(以下「不競法」)に基づく請求、意匠法に基づく請求の大きく3通りが考えられる。
ただし、意匠権は特許庁への出願が認められて登録されることによって発生するため(意匠法20条1項)、Aが意匠登録を受けていない場合には、著作権法に基づく請求か不競法に基づく請求のいずれか(又は双方)によることとなる。
本事例における著作権法に基づく請求については、いわゆる「応用美術の著作物性」の論点が問題となる。
前提として、美的表現のうち、専ら美術鑑賞の目的のみを有するものは「純粋美術」と呼ばれ、これが著作物として保護されることは明らかである。
また、実用目的を有する美的表現は「応用美術」と呼ばれ、応用美術のうち一品制作ものは「美術工芸品」と呼ばれる。美術工芸品が著作物として保護されることも法律上明らかである(著作権法2条2項)。
しかし、「美術工芸品」以外の「応用美術」、すなわち実用目的を有し、かつ量産品である美的表現については、どのような場合に著作物として保護すべきかという判断基準について争いがある。
この論点は一般に「応用美術の著作物性」等と呼ばれる。
応用美術の著作物性の判断基準をどうすべきかについては種々の見解が存在するが、主要な見解として分離把握可能性説と創作的表現説がある。
分離把握可能性説は、物品の実用的・機能的側面を離れて、その美的表現が独立して美的干渉の対象となる場合には、純粋美術と同視でき、著作物に該当し得るという考え方である。分離把握可能性説に立つ裁判例の例として、次のものが挙げられる。
(分離把握可能性説に立つ例)
創作的表現説は、応用美術と一般の著作物とで判断基準を異なるものとする必要はなく、応用美術についても表現に創作性が認められれば直ちに著作物性を肯定できるという考え方である。創作的表現説に立つ裁判例として、次のものが挙げられる。
(創作的表現説に立つ例)
分離把握可能性説は、著作権法と意匠法の棲み分けという観点や、創作的表現説によると著作物性が肯定される範囲が広くなりするという懸念から、単に創作性があれば足りるとするのではなく、分離把握可能性まで要件とすべきであるといった問題意識に立つものであり、現在の裁判例の主流は分離把握可能性説とされる※1。
他方、創作的表現説は、著作権法と意匠法とは趣旨・目的を異にすることや、応用美術に著作物性が肯定されてもその保護範囲は比較的狭いものに留まるため、著作権法と意匠法とで保護範囲が重複しても問題ないとする※2。
ただし、創作的表現説による場合の問題として、真正商品のデッドコピーが著作権侵害となり得るため、例えば真正商品である椅子について、テレビで小道具とすれば公衆送信権侵害となってしまい、レンタル業者が貸与すれば貸与権侵害となってしまうといった問題が生じ得ることが指摘されている※3。
本事例について、不競法に基づく請求をする場合は、A商品とB商品のデザイン、すなわち商品形態が実質的に同一といえるほどに酷似しており※4、かつ、日本国内でA商品が最初に販売された日から3年以内である(不競法19条1項6号イ)等といった要件を満たしていれば、不競法2条1項3号の「商品の形態・・・を模倣」に該当するとして、AはBに対して差止めや損害賠償を請求できる。
他方で、商品形態が実質的に同一とまでいえるか不明な場合等は、2条1項1号や2号に基づく請求も検討することとなる。
簡単に言うと、2条1項1号と2号は、Aが商品等表示に蓄積した営業上の信用にBがフリーライドすること(及びAの営業上の信用が汚染・希釈されること)を防止し、事業者間の公正な競争を確保することを趣旨とする条文であり※5、2条1項1号は「他人の周知な商品等表示と類似したものを使用する行為」を、2条1項2号は「他人の著名な商品等表示と類似したものを使用する行為」を不正競争としている。
2条1項1号と2号のいずれであっても、A商品の形態が「商品等表示」であることが必要であり、「商品等表示」とは、「人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するもの」と定義されている(2条1項1号括弧書)。
商品形態は、商標等(例えばロゴマーク等)と異なり、本来的には商品の出所を表示する目的を有するものではないが、商品形態が特定の出所を表示するに至る場合もあり得るとされ、一定の場合には商品形態が不競法2条1項1号や2号の「商品等表示」に該当して保護される。
裁判例の多くは、①特別顕著性(A商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有していること)、かつ、②周知性(A商品の形態が、Aによる長期間の独占的使用や強力な宣伝広告や爆発的な販売実績等により、需要者において特定の事業者の出所を表示するものとして周知になっていること)が満たされる場合に、商品形態が「商品等表示」に該当するとしている※6。
なお、特別顕著性及び周知性の要件とは別に、独占を認めるべきでない一定の形態(「商品の技術的機能に由来する形態」や「競争上似ざるを得ない形態」)については商品等表示に該当しないと考えられているため、不競法に基づき請求をする場合にはその点にも留意する必要がある※7。
本判決の事案ではX各作品の著作物性が主張されていたところ、本判決は、まず、「X各作品は、コーヒー豆等を収納するガラス製の保存容器(キャニスター)であるから・・・、実用目的を有する量産品であるといえる」ため、応用美術の著作物性が問題となるとした。
その上で、応用美術の著作物性の判断基準について、本判決は、「応用美術のうち、美術工芸品以外の量産品であっても、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できる場合には、美術の著作物に当たると解するのが相当である」と判示し、分離把握可能性説を採用している。
また、当てはめとしては、個々の構成部分ごとに実用性及び分離把握可能性の検討を行い、また、実用目的を達成するために必要とはいえない構成が含まれるとしても、その構成がありふれたものであれば著作物性は肯定されないとした。
なお、本判決は、結論としてX各作品の著作物性を否定しており、その理由付けは「創作性」を欠くからである旨判示しているが、このロジックについては、応用美術の問題を「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)該当性の問題として位置付ける立場からは疑問があり得るとされる※8。
上述のとおり、自社の商品と似たデザインの商品を販売する他社に対して、差止めや損害賠償を請求する場合には、著作権法に基づく請求以外に、不競法に基づく請求も考えられる。
実際、著作権法と不競法の両方が主張される事案は多く存在し、例えば以下の例がある。
(著作権法と不競法の両方が主張された例)
しかしながら、本判決では、不競法に基づく請求はなされていないようである。
不競法に基づく請求がなされなかった理由は不明であるが、不競法に基づく請求の場合、2条1項3号であれば「模倣」と言える程度に商品形態が酷似していることが必要であり、また、2条1項1号や2条1項2号であれば商品形態の「特別顕著性」及び「周知性」が必要とされるため、これらの要件の立証のハードルを踏まえて、あるいは、著作権法に基づく主張だけで十分と考えて、不競法に基づく請求が見送られた可能性が考えられる。
※1:島並良ほか『著作権法入門〔第4版〕』(有斐閣、2024年)44~45頁、小泉直樹ほか『条解 著作権法』(弘文堂、2023年)204~206頁参照。
※2:知財高判平成27年4月14日判時2267号91頁〔TRIPP TRAPP(対カトージ)〕。
※3:中山信弘『著作権法〔第4版〕』(有斐閣、2023年)216~217頁。
※4:「模倣」の意義の詳細については髙部眞規子『実務詳説 不正競争防止法』(金融財政事情研究会、2020年)176~181頁、経済産業省知的財産政策室『逐条解説 不正競争防止法〔令和6年4月1日施行版〕』42~46頁参照。
※5:髙部・前掲(※4)176~181頁。
※6:髙部・前掲(※4)114~116頁、愛知靖之ほか『LEGAL QUEST 知的財産法〔第2版〕』(有斐閣、2023年)433頁参照。
※7:詳細は髙部・前掲(※4)116~119頁。
※8:小林利明「保存容器(キャニスター)の著作物性」(ジュリスト1604号9頁)。
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