判決等
東京地判令和4年5月25日労判1269号15頁
東京地判令和4年5月25日労判1269号15頁
Xは、平成7年生まれの女性である(当時25歳前後と考えられる)。大学卒業後、ウェブサイト上の記事を執筆するアルバイトに従事し、将来的にフリーランスの美容ライターとして生計を立てることを考えていた。
Y1(会社)は、エステティックサロンを経営する会社であり、女性専用のエステティックサロンの店舗(本件店舗)を経営している。
Y2(代表者個人)は、当時40歳前後の男性であり、Y1の代表取締役である。本件店舗ではY2が自ら全ての顧客に対する施術を行っている。
平成31年3月20日、XとY2は、本件店舗で初めて対面して打合せを行い、Xが本件店舗でY2の施術を受けた体験を基にして本件店舗の記事を執筆することを合意した。
Y2は、平成31年3月頃以降、Xとの打合せやXが施術を受ける際、Xに対し、次の行為をした。なお、本判決で認定されたY2の行為はこれら以外にも多岐にわたるが本稿では割愛する。
令和元年7月1日、Xは、Y2に対し、Y2からの指摘事項を反映して、次の内容を含む業務委託契約書の文案(本件契約書案)を交付した。Y2から契約書案の内容について修正等を求められることはなかったが、本件契約書案にXとY1が署名押印する形での契約締結もなされなかった。
Xは、Y2の指示を仰ぎながら、令和元年8月1日から9月30日までは原則として1日1回、同年10月1日から同年10月17日までは2日に1回、SEO対策を施したコラム記事をY1のホームページに掲載するなどした。
令和元年8月31日、Y2は、Xに対し、執筆した記事の質が低いことなどを理由として契約を打ち切る旨を告げ、XがY2の専属として仕事をしていなかったことにがっかりしているなどのメッセージを送信した。
同年9月1日、Y2は、Xに対し、今のXはプロフェッショナルではない、書く記事が全て上位に表示されないのであれば意味がないなどとメッセージを送信した。同年9月4日、Y2は、Xに対し、仕事の質が低いことや兼業をしていることなどについて不満を述べた上、泣いているXを抱擁してキスを迫る等した。
同年10月6日、Y2は、Xに対し、都内の400近い店舗のエステの値段、ケア内容、導入されているマシン名等をリストにして紹介するコラム記事を同年10月中に完成させてほしい旨のメッセージを送信した。
同年10月16日、Xは、Y2に対し、体調が芳しくないため同月18日から20日まで業務を休ませてもらう旨を伝え、同月21日までに同年8月分の報酬を支払ってもらうことは可能か否かを尋ねるメッセージを送信したところ、Y2は、体調管理がうまくできていない理由がわからない旨、報酬に関しては同年10月末までの結果で判断させてもらう旨、今の評価は低いので結果を残す方法を考えてほしい旨を返信した。
同年10月21日、Y2は、Xに対し、作業の検証・評価のために必要な資料を提出するよう求めるメッセージを送信したところ、Xはどの数値をどのように評価して報酬をどのように決めるのか話し合いをさせてもらいたい旨を返信した。これに対し、Y2は、Xに対し、そういうことも教えないとわからないのであれば報酬を要求しないでほしい旨、Xとは契約も交わしていない旨、今の状況ではスキルが低すぎるので契約は交わせない旨、Y2の教えの下に育ててほしいのであれば報酬は要求しないでほしい旨のメッセージを送信した。
Y1が報酬を支払わないことについて、Xは、Y1に対し、業務委託契約に基づく報酬を請求した(令和元年8月分から同年10月分までの報酬38万2258円)。
Y2からハラスメント行為を受けたことについて、Xは、Y2に対し、不法行為に基づく損害賠償を、Y1に対し、安全配慮義務違反に基づく損害賠償を請求した(慰謝料500万円及び弁護士費用50万円)。
本判決は、Xの報酬請求については全額認容し(報酬38万2258円)、かつ、下記のとおり、Xの損害賠償請求については、Y2の不法行為責任及びY1の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行責任を認めて損害賠償を一部認容した(認容額は慰謝料140万円と弁護士費用10万円)。なお、下線は筆者が付した。
安全配慮義務は、相手方の生命・身体・健康を危険から保護するよう配慮すべき義務であり、「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきもの」と解するのが判例である(最判昭和50年2月25日民集29巻2号143頁〔陸上自衛隊八戸車両整備工場事件〕)。
そのため、労働契約以外の契約を締結している当事者間や、契約関係のない当事者間であっても、一方が他方に対して安全配慮義務を負うことはあり得る。
もっとも、判例のいう「ある法律関係」や「特別な社会的接触の関係」の意義は必ずしも明確ではなく、安全配慮義務が肯定される根拠は「当該法律関係において当事者がそれぞれ負う義務の内容と、安全への配慮が必要とされる事情との関連など、当該法律関係における権利義務関係等の内容と安全配慮の要請との関連性(契約の場合であれば、給付内容を中心とする契約内容と安全配慮の要請との関連性)」にあるとして、安全配慮義務が認められる法律関係といえるかどうかは「当該法律関係の目的、発生する原因、性質、内容等に照らして判断されるべき」との指摘もある※1。
なお、ある事案について、加害者の安全配慮義務違反(債務不履行責任)を問うか不法行為責任を問うかという問題があり、いずれの法律構成を選択するかによって消滅時効の起算点や遅延損害金の起算点、遺族固有の慰謝料の有無等について違いが生じ得る※2。
個人を請負人又は受託者とする請負契約や委託契約において、注文者又は委託者の安全配慮義務の有無が問題となった裁判例としては、次のようなものを挙げることができる。
労働契約上の事業主との関係では、パワハラについては、①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの、という①~③の要素をすべて満たすものと定義付けられている(労働施策総合推進法30条の2)。
そして、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)は、パワハラの類型を、(イ)身体的な攻撃(暴行・脅迫)、(ロ)精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)、(ハ)人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)、(ニ)過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)、(ホ)過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)、(ヘ)個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)と整理している。
上述したパワハラのいずれかの類型に該当するか否かと、民法上の不法行為に該当するか否かは、別個の問題であり、パワハラに該当するからといって不法行為に必ず該当するとは限らないと解されている。
パワハラが不法行為に該当するか否かについては、裁判例の傾向として、暴力を含む悪質ないじめ、嫌がらせ行為が問題となった事案では、その行為自体の悪質さにより不法行為を認め、職務上の優越性や社会的相当性等は問われないことが多く、他方で、暴力を伴わない侮辱、叱責、非難、暴言、罵倒、孤立化等の言動が問題となった事案では、利益侵害の存在とともに、それが職務上の優越性を利用して、業務の適正な範囲や社会的に許容される限度を超えて行われたものか否かが違法性の判断において考慮されていると指摘されている※3。
令和6年11月1日、フリーランス法(令和5年法律第25号。正式名称は「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」)が施行された。
フリーランス法は、大きく「取引適正化パート」(公正取引委員会・中小企業庁担当)と「就業環境整備パート」(厚生労働省担当)の2つに分かれており、いずれのパートにおいても、いわゆるフリーランスが安心して働ける環境の整備を目的として、フリーランスに対して業務を委託する事業者の義務等を定めている。
フリーランス法の内容は概ね次のとおりである。ただし、厳密には義務が課されるのが「特定業務委託事業者」と「業務委託事業者」のいずれであるか、あるいは業務委託の期間が6か月以上である必要があるか否かといった点があるが、ここでは捨象している。
本判決は、フリーランスであるXについて、「実質的には、Y1の指揮監督の下でY1に労務を提供する立場にあったものと認められる」と認定した上で、これに基づき、Y1がXに対して「その生命、身体等の安全を確保しつつ労務を提供することができるよう必要な配慮をすべき信義則上の義務」すなわち安全配慮義務を負っていることを肯定した。
また、Y2のセクハラ行為は平成31年3月から行われているところ、業務委託契約の成立日は令和元年7月1日頃と認定されているが、本判決は、業務委託契約成立前のセクハラ行為についてもY1の安全配慮義務違反の成立を認めている。
本判決については、判旨に賛成する見解がある一方で※4、結論の妥当性については肯定しつつも、安全配慮義務の射程に「性的自由」を含む点に違和感を示すとともに、業務委託契約の付随義務としての職場環境配慮義務ないし人格尊重義務等について検討すべきであった旨の見解がある※5。
また、Xが業務に従事した期間が短いこと、Y1による場所・設備・器具等の提供がなく、時間的・場所的拘束性もないことから、XのY1に対する従属の程度は強くなかったとして、従前の安全配慮義務の範囲拡大傾向を進めたと評価する見解もある※6。
本判決は、同じ会社に雇用された上司と部下といった事案ではなく、業務委託の事案でパワハラ行為を認定している。上述のとおり、「特別な社会的接触の関係」があれば安全配慮義務は肯定され、労働関係の有無は必須の要件ではないため、判例に即した判断である。
また、本判決は、経済的な不利益を課す嫌がらせ(報酬の不払い)をパワハラ行為と認定しているが、この点については、判旨に賛成する見解とともに※7、XのY1に対する報酬債権をY2が侵害した不法行為(第三者による債権侵害)に該当するとして、Y2が優越的な関係を利用して契約に基づく指示の下に種々の業務を履行させながら人格への配慮を欠いた言動を繰り返して報酬支払を拒んだという態様に、強度の違法性とY2の故意を認めたものと整理する見解もある※8。
本判決の原告は、要旨、Y1(会社)に対しては安全配慮義務違反に基づく請求、Y2(代表者個人)に対しては不法行為に基づく請求をしている。
それ以外の法律構成として、例えば、Y1に対して会社法350条に基づく請求、Y2に対して安全配慮義務違反に基づく請求又は会社法429条1項に基づく請求もあり得るが、法律構成によって要件・効果が異なり得るため、どのような法律構成が有利となるかについてはケースバイケースで検討が必要である。
本判決はフリーランス法の施行前の事案であるが、もし仮に今後、本件と同様の事案が発生した場合、業務委託契約書を作成していないことや報酬の不払いについては、フリーランス法の適用も検討され得る※9。
本件では、Y1にY2以外の役員や従業員が存在するか否かが不明であるため、Y1が「特定業務委託事業者」(フリーランス法2条6項)に該当するか否かは不明であるが、Xはフリーランスであり「特定受託事業者」(同法2条1項1号)に該当する可能性が高いため、Y1は「業務委託事業者」(同法2条5項)に該当する可能性が高いと考えられる。
そうすると、少なくとも、Y1は書面等による取引条件の明示義務(フリーランス法3条)は負うと考えられるため、仮にフリーランス法施行後の事案であった場合には、Y1について同義務違反が成立する可能性が高いと考えられる。
※1:最判平成28年4月21民集70巻4号1029頁〔拘置所に収容された被拘留者に対する国の安全配慮義務を否定した事例〕の調査官解説である最判解民事篇(平成28年度)309頁~310頁〔野村武範〕。
※2:安全配慮義務違反構成と不法行為構成の違い等については中田裕康『債権総論〔第4版〕』(岩波書店、2020年)138頁~143頁参照。
※3:水町勇一郎「フリーランスへのハラスメントと安全配慮義務-アムール事件」(ジュリスト1577号146頁~147頁)。
※4:水町・前掲(※3)145頁。
※5:滝原啓允「フリーランスへのセクシャル・ハラスメント等にかかる委任者における安全配慮義務違反の成否」労判1272号85頁~87頁。
※6:野谷聡子「フリーランスに対するハラスメントと安全配慮義務違反」法律時報95巻5号148頁。
※7:水町・前掲(※3)145頁。
※8:野谷・前掲(※6)148頁。
※9:なお、本判決の事案の当時であっても下請代金支払遅延等防止法(昭和31年法律第120号。いわゆる「下請法」)は施行されていたが、下請法の適用される「親事業者」に該当するためには資本金が1000万円を超えることは必須である(下請法2条7項各号)。Y1の資本金の額は不明であるが、本判決の当事者が下請法違反については主張していないことからすると、Y1の資本金が1000万円以下であった可能性がある。
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