判決等
神戸地判令和5年5月31日交民56巻3号604頁
神戸地判令和5年5月31日交民56巻3号604頁
Xが、自身の車(以下「X車」)を運転してコインパーキング(以下「本件駐車場」)の3番駐車枠に後退して駐車しようとしたところ、同駐車枠内に設置されていたフラップ板(以下「本件フラップ板」)とX車の底面とが接触し、X車が損傷した。
Yは、本件駐車場の設備の所有者かつ占有者であり、管理会社(B)に委託して本件駐車場を運営している。
本件駐車場内には、「駐車場利用規約」と題する看板、「駐車場ご利用注意事項」と題する看板が設置されていた。
「駐車場利用規約」には、「B(以下「管理会社」という)が管理運営する駐車場…は下記の規定にしたがってご利用いただきます」「管理会社は当駐車場の利用者が…駐車場内で発生した原因に起因して被った損害について責任をおいません。」「入庫前にロック板が上がっている場合は故障中ですので入庫はしないでください※万一車両が破損した場合一切責任を負いません」との記載があり、最低地上高15㎝未満の車両の駐車を禁ずる旨の記載があった。
「駐車場ご利用注意事項」には、「トラブル防止のため必ずお読みください フラップ板(ロック板)が下がっていることを確認の上、ゆっくり入庫してください」「入庫前にロック板が上がっている場合は故障中ですので入庫はしないでください」との記載があった。
Xは、本件フラップ板は民法717条1項本文の「土地の工作物」に当たり、かつ、通常備えるべき安全性を欠いているから同項本文の「瑕疵」も肯定され、Yが土地工作物責任を負う旨主張し、Yに対して、修理費用162,393円及び弁護士費用16,000円の合計178,393円並びに遅延損害金を支払うよう請求した。
これに対して、Yは、本件フラップ板には「瑕疵」はない旨、また、車両の破損等についてYが免責されるとする本件駐車場の看板の記載は「定型約款」に該当しXY間の駐車場利用契約に組み込まれる(民法548条の2第1項2号)旨主張し、請求棄却を求めた。
定型約款に関するYの主張については、Xは、本件駐車場の看板の記載に基づき本件事故についてYの免責を認めることは、Xに予期せぬ不相当な不利益をもたらすものであり、合意しなかったものとみなされる(民法548条の2第2項)旨主張した。
本判決は、Yの土地工作物責任を認めたが、Xにも過失があるとし、Xの過失割合は30%であるとした。また、本件駐車場の看板に記載されていた免責規定については以下のとおり民法548条の2第2項によって契約の内容とならない(本件免責規定によりYは免責されない)と判断した。
※下記図は事実関係を理解しやすくするため上記引用元に基づいて本稿作成者が任意に作成した図であり、本件の事実関係を正確に表したものではありません。
民法717条1項本文にいう「土地の工作物」とは、人工的作業によって土地に接着して設置された物を指すとされており、建物やコンクリートのブロック塀、自動販売機、鉄道の踏切、堤防、工場内の機械など多岐にわたり認められている※1。
本判決の事案では、コインパーキングの駐車場所に設置されたフラップ板が「土地工作物」にあたるかどうかについてはXY間で特に争いはなく、本判決も「土地工作物」であることを前提に判断をしている。
民法717条1項本文にいう「設置又は保存に瑕疵がある」とは、その工作物が本来持つべき安全性を欠いた状態にあることを指すと解されている※2。
本判決は、本件フラップ板及びそれを含む装置が、XのX車の駐車枠への移動動作中に上昇したことを認定し、この点で「通常備えるべき安全性を欠いている」と判示した。
土地工作物責任(民法717条1項本文)は賠償義務者の加害行為を前提としないため、土地の工作物に瑕疵があると評価される事実の存在と、他人に生じた損害との間に因果関係が認められれば、土地工作物の占有者は責任を負うことになる。
民法722条2項の趣旨は、損害発生に関して被害者にも過失があった場合、この点を考慮して公平の観点から損害賠償額を減額するという点にある※3。
一般に、被害者に責任能力がない場合に過失相殺ができるかが問題となるが、過失相殺をするためには責任能力までは不要とされ、被害者に「事理を弁識するに足る知能」があれば過失相殺をすることができるとされている(最大判昭和39年6月24日民集18巻5号854頁)。イメージとしては、責任能力は11~12歳程度で肯定され、事理弁識能力は5~6歳程度で肯定される※4。本判決の事案では、事理弁識能力に関する主張はなされておらず、また原告は自動車の運転免許を保持していると考えられること等から、当然事理弁識能力はあると考えられる。
本件では、フラップ板が下限まで下がり切っていない状態であることは認識可能であったにもかかわらず、下限まで下がっていると速断して進入しフラップ板を踏み越えたという点から、Xにも本件事故発生について過失があると判断され、Xの過失割合を30%として、過失相殺が肯定された。
銀行、クレジットカード、携帯電話、保険契約等、不特定多数の当事者が想定される契約に用いるためにあらかじめ定式化された契約条項の総体を一般に「約款」と呼ぶ。
民法上は、2020年4月に施行された改正(平成29年法律第44号。いわゆる「債権法改正」)により、新たに548条の2以下に「定型約款」の項目が設けられた。
民法は、「約款」と呼ばれるものの一部を「定型約款」と定義した上で、定型約款がどのような場合に契約内容に組み込まれるかのルール(548条の2)、定型約款を利用したい者が相手方から定型約款の内容の表示を求められた場合のルール(548条の3)、定型約款を変更する場合のルール(548条の4)を規定している。
ある約款が「定型約款」に該当するための主な要件は、それが「定型取引」に用いられることである(民法548条の2第1項柱書)。
そして、「定型取引」とは、①ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であり、かつ、②取引内容の全部又は一部が画一的であることが双方にとって合理的である取引であると定義されている(民法548条の2第1項柱書括弧書)。
①によれば、相手方の個性を重視せずに多数行われる取引であることが必要であり、特定の当事者や特定の物件を対象として締結される契約は①を満たさないとされ、例えば労働契約等の労働者の個性に着目して締結される契約は除外される※5。
また、②は、定型約款を細部までは認識していない者が拘束されることが許容されるのは、定型約款準備者だけでなくその相手方(顧客)にとっても取引の内容が画一的であることが合理的であると客観的に評価できる場合、すなわち、取引の重要部分のほとんどについて強い内容画一化の要請が存在する場合に限られることを指すとされており※6、内容自体の合理性ではなく「内容が画一的」であることが合理的かどうかが問題となる。
「定型約款」とは、「定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体」と定義されている(民法548条の2第1項柱書括弧書)。「契約の内容とすることを目的」としていなければ定型約款ではないため、取扱要領などの内部ルールを定めた規定は定型約款ではない。
①定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき(民法548条の2第1項1号)、又は、②定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき(同項2号)は、定型約款の個別条項についても合意があったものとみなされる。
なお、取引の相手方(消費者等が想定される。)が定型約款の個別条項を認識することまでは必須ではなく、個別条項を認識していない場合でもそれだけで直ちに定型約款が契約内容とならないとの結論は導かれない(ただし、定型約款の内容を表示してほしいという請求をしたにもかかわらず、これが拒絶された場合は、定型約款や契約内容とならない。548条の3第2項本文)。
定型約款の条項の中に、不当な条項や当事者の一方に不意打ちとなる条項が紛れ込んでいることがある。
そうした条項のうち、相手方の権利を制限したり相手方の義務を加重したりする条項であり、かつ、定型取引の態様や実情・取引上の社会通念に照らして信義則(民法1条2項)に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものは、合意しなかったものとみなされるため、契約内容とならない(民法548条の2第2項)。
本判決は、駐車場利用に関する取引は「定型取引」(民法548条の2第1項柱書)に該当するとし、「駐車場利用規約」及び「駐車場ご利用注意事項」が「定型約款」(同前)に当たると認定している。
他方、本判決の事案では、駐車場利用規約には「管理会社は当駐車場の利用者が…駐車場内で発生した原因に起因して被った損害について責任をおいません。」「入庫前にロック板が上がっている場合は故障中ですので入庫はしないでください※万一車両が破損した場合一切責任を負いません」という免責規定が掲げられており、不当条項の取扱いに関する民法548条の2第2項との関係で、当該免責規定が本件事故に適用されるかどうかが争われた。
この点について、本判決は、①本件免責規定が本件駐車場の利用者がフラップ板の上昇を容易に認識できることを前提とするところ、「空」の表示をして利用者を誘引していたことから利用者としてフラップ板が下がっていると認識することもやむを得ない状況にあったこと、②他の駐車スペースは駐車中の車がいずれも置かれていたためフラップ板の上昇を目視で確認することは極めて困難で、必ず降車してまで確認するべきとするのは現実的でないこと、③X車の最低地上高が14㎝であったことが本件事故の原因とは認められず、多くの車種が最低地上高15㎝を下回っていること、などを理由に、本件の相応額の損害賠償債務についてYが損害賠償責任を免れるとすることは、相手方に予期せぬ不相当な不利益をもたらすものであり、Xの権利を制限し、その定型取引の態様及びその実情並びに社会通念に照らして信義則に反し、Xの利益を一方的に害するものと認定し、民法548条の2第2項により、本件免責条項はXY間の契約の内容とならないと判示した。
本判決は、免責規定の文言だけでなく、本件駐車場の利用状況や利用者がフラップ板上昇を実際に目視で確認できたかどうかなど具体的な事実関係を精緻に検討し、最終的に本件免責規定の適用を否定したものである。
債権法改正前の事案で、免責規定の適用の有無が問題となった裁判例として、東京地八王子支判平成17年5月19日判時1921号103頁を紹介する。
事案は、被告の経営するスポーツジムの会員である原告が、「貴重品は貴重品ボックスに入れるようにして下さい」との館内放送の指示に従い、スポーツジムの暗証番号式貴重品ボックスに財布を預け入れたところ、キャッシュカード3枚を何者かにより窃取され、金融機関から現金合計548万2520円を払い戻されてしまった、という事案である(本件盗難事件)。
裁判所は、全国のゴルフ場や被告の他の店舗でも同様の手口(窃盗犯が貴重品ボックスの上部の天井に小型カメラを取り付けて暗証番号を盗み見る手口。)による窃盗事件が発生している状況であったことを認定した上で、被告には具体的対策を講ずべき業務上の注意義務があったとした上で、「被告は、原告が被告府中支店の貴重品ボックスに預け入れた財布の保管について、原告との会員施設利用契約に基づく業務上の安全管理義務を怠った注意義務違反があり、そのため、本件盗難が発生し、原告は、上記……の損害を被ったものと認められる。」と判示し、被告の被告に対する損害賠償責任を肯定した。
被告は、「会員のしおり」や「ご入会にあたり」といった資料に、「貴重品はご利用者自身で管理してください」等といったことが明記されているため被告は免責されると主張していた。
この点について、裁判所は、「会員が貴重品ボックス内に預け入れた携帯品が盗難に遭った場合、会員と被告との間において、被告の責任は免責される旨の特約が成立していることが認められる。」と判示したものの、それに続けて、「被告に故意・過失がある場合には、被告の損害賠償責任は免責されないと解するのが相当である」とした上で、「被告は、本件盗難を防止するため、盗撮防止プレートを設置するまでの間、会員の貴重品をフロントで預かるなどして貴重品ボックスの使用を一時中止するか、又は小型カメラを設置されないよう貴重品ボックスを十分監視すべき注意義務があったにもかかわらず、漫然と貴重品ボックスの使用を継続し、かつ貴重品ボックスへの十分な監視をしなかった過失があったから、損害賠償責任を免れることはできない。」と判示し、結論として、被告は本件盗難事故について免責されないとした。
なお、原告は、キャッシュカードの暗証番号と同一の番号を貴重品ボックスの暗証番号に使用しており、これにより原告の損害が拡大したこともあるとして、3割の過失相殺がなされ、結果として、383万7764円(=被害総額548万2520円×7割)及び遅延損害金の請求が認容された。
東京地八王子支判平成17年5月19日判時1921号103頁の事案は、現在であれば定型約款規制との関係も検討する必要が生じると考えられる。
※1:内田貴『民法Ⅱ〔第3版〕債権各論』(東京大学出版会、2011年)513頁参照。
※2:喜多村勝德『損害賠償の法務〔第2版〕』(勁草書房、2024年)119頁。
※3:内田・前掲(※1)435頁参照。
※4:内田・前掲(※1)436頁参照。
※5:中田裕康『契約法〔新版〕』(有斐閣、2021年)38頁、村松秀樹・松尾博憲『定型約款の実務Q&A〔補訂版〕』(商事法務、2023年)61~62頁。
※6:能見善久・加藤新太郎編『論点体系 判例民法〔第3版〕6 契約Ⅰ』(第一法規、2019年)128頁参照。
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