判決等
東京地判令和6年7月8日判時2610号89頁
東京地判令和6年7月8日判時2610号89頁
いわゆるカップルユーチューバーであるXらが、マネジメント会社であるY社に対して、Y社との間で締結したマネジメント契約が終了していることの確認を求めた事案。
Xらは、いわゆるカップルユーチューバーとして、「C」というグループ名で、動画配信プラットフォームであるYouTube上で配信活動を行ってきた者である。
Y社は、タレントのマネジメント等を業とする株式会社である。
XらとY社は、令和4年4月16日、Xらの芸能活動に関するマネジメント業務を委託することなどを内容とする専属マネジメント契約(以下「本件契約」)を締結した。
本件契約は、12条1項で「契約期間は、契約締結日より3年間とする。」と規定した上で、12条2項で「Xら及びY社は、12条1項に定める契約期間内であっても、合意により解除することができる。」と規定している。
Xらは、Y社に対し、本件契約を令和5年7月14日をもって解除する旨を記載した同月13日付解除通知書を送付した。
なお、本判決とは別に、Xらは、Y社に対して、Y社がXらの芸能活動を妨害しないことなどを求める仮処分を申し立てており、裁判所は令和5年10月17日に同申立てを認容する決定をした。
Xらは、Y社に対し、本件契約が終了していることの確認を求めた
本件ではXらによる解除の成否が問題となり、以下の2点が争点とされた。
① Xらの本件契約の解除権を放棄したといえるか。
②本件契約の解除権の行使が権利の濫用に当たるか
争点①について、Y社は、本件契約12条2項は合意がない限り契約期間内の解除が禁止されることを定めた条項であり(本件契約12条2項の反対解釈)、本件契約12条2項は民法656条が準用する651条1項によるXらの解除権を放棄する旨を定めた条項であると主張した。
争点①について、本判決は、以下のとおり判示し、Xらが本件契約の解除権を放棄したとは認められないとした。
なお、本判決は争点②について権利濫用にも該当しないと判示し、結論としてXらの請求を認容し、本件契約は終了しているとした。
争点①に関する判示は以下のとおりである(下線執筆者)。
民法上、委任契約については、契約の各当事者がいつでも解除することができるとされている(任意解除権。民法651条)。
なお、任意解除権は準委任契約にも準用されるところ(民法656条)、委任契約と準委任契約とで任意解除権に関する規律を区別する議論は見当たらないため、本稿では委任契約と準委任契約を厳密に区別せずに「委任契約」と記載することがある。
民法651条1項の任意解除権については、2020年4月1日に施行されたいわゆる「債権法改正」(平成29年法律第44号による民法の改正をいう。)の前から、無限定に解除ができるのか、制限されるとしてどのような場合に制限されるのか、といった点が議論されていた。
判例法理については、任意解除を制限的に解する立場から、任意解除を緩やかに認める立場へと変遷してきたと評価されているが、判例に対する評価も学説では一様ではないとされてきた※1。
そのため、債権法改正時は、651条についてはコンセンサスの得られる範囲で改正がなされ、結論として、債権法改正の前後を通じて基本的な規律は維持され、651条2項に2号が追加されるに留まった※2。
なお、債権法改正の検討過程においては、有償委任と無償委任とで解除のあり方を区別・再編するものや、委任が受任者または第三者の利益を目的とする場合に関する規律を付加するものなどが提案されていたが※3、そうした考え方は条文上は反映されず、解釈の問題として残されている※4。
民法651条の任意解除権に関しては、委任者が無条件に解除権を行使することの是非が議論されている。
判例は、当初は、事務処理が受任者の利益をも目的とする場合には、委任者は任意に解除することができないとしており(大判大正9年4月24日民録26号562頁)、同判決により、受任者の利益をも目的とする委任の場合には、一般に委任者によって解除され得ないという方向性が定まるかにみえた。
しかしながら、その後の判例は、受任者の利益をも目的とする場合でもあっても、委任者による任意解除を認めている。
すなわち、最判昭和43年9月20日集民92号329頁は、受任者の利益をも目的とする委任契約であっても、「受任者が著しく不誠実な行動に出た等やむをえない事由があるときは、委任者は民法651条に則り委任契約を解除することができる」と判示した。
ここでいう解除するための「やむをえない事由」とは、相手方の信頼を裏切る行為、重大な背信的義務違反(東京高判昭和30年4月22日下民6巻4号773頁)やその結果たる委任関係継続の著しい困難(東京高判昭和55年9月24日判時980号58頁)をいう。また、事務処理をめぐる両当事者の方針の相違、委任者の不信に対する受任者の不服従も「やむをえない事由」にあたるとした裁判例もある(東京高判平成18年10月24日判タ1243号131頁)。
さらに、最判昭和56年1月19日民集35巻1号1頁は、受任者の利益をも目的とする委任契約であり、かつ、昭和43年最判にいう「やむを得ない事由」がない場合であっても、「委任者が委任契約の解除権自体を放棄したものと解されない事情」があるときは委任者は解除ができるとした。
なお、昭和56年最判は、解除によって受任者が不利益を受けるときは委任者からの賠償を受けることによって填補されれば足りるとした。
昭和56年最判にいう「委任者が委任契約の解除権自体を放棄したものと解されない事情」がない場合、すなわち委任者が解除権自体を放棄し任意解除が許されない場合とは、「委任契約の本質的な権利を放棄したと認めるには、単に期間の定めがあったというだけでは足りず、当該期間中契約は継続しなければ委任契約の目的を果たすことができない場合である等、委任者において特段の事情でもない限り約定の期間が満了するまで契約を継続させる意思を有していたと認めるべき客観的・合理的理由のある場合であることが必要であると解される」とされる(東京高判昭和63年5月31日判時1279号19頁)。
昭和56年最判にいう「委任者が委任契約の解除権自体を放棄したものと解されない事情」の有無が問題となった裁判例としては以下のものがある。
本判決は、上記昭和56年最判を参照として挙げた上、「明らかに解除権を放棄したと認められる特段の事情がない限り」委任者はいつでも委任契約の解除をすることができると判断基準を示した。
昭和56年最判の文言は「解除権自体を放棄したものと解されない事情があるとき」であり、本判決はより積極的に「明らかに解除権を放棄したと認められる特段の事情がない限り」解除できるとしたもので、昭和56年最判の基準を推し進め、委任者による解除権の範囲を広く解するものと思われる。
また、本判決は、具体的なあてはめにおいても、「本件契約12条2項は、契約当事者は契約期間内であっても合意により解除することができる旨規定するところ、上記の規定内容は、合意解除を定めたものにすぎず、Xらが本件契約の解除権を放棄する旨を明記するものとはいえない」ことを理由に特段の事情を否定し、かつ、Y社の主張についても、「Y社の定型書式を利用したものにすぎず、Xらが解除権を放棄する旨の特約は明記されていないのであるから、Xらにおいて明らかに解除権を放棄したものと認めることはできない」と判示してY社の主張を排斥した。
本判決のこうした判示を捉え、「明らかに解除権を放棄したと認められる特段の事情」が認められるには、委任契約にその旨が明記されている必要があるとする立場を採用するものとの指摘があり、本判決は解除権放棄に関する判断基準を示した点において個別事案を超えた一般的重要性を含むものとの指摘もある(判時2610号89頁)。
民法651条に基づく委任契約の解除が問題となる事案においては、委任者が解除権を放棄したか否かをどのように判断すべきかは議論があるところであり、本判決は、委任契約に特約として明記が必要という基準を採用したものである。
※1:日本弁護士連合会編『実務解説 改正債権法〔第2版〕』(弘文堂、2020年)511頁〔一木孝之執筆部分〕、潮見佳男ほか編『詳解 改正民法』(商事法務、2018年)519頁。
※2:山本豊編『新注釈民法(14)債権(7)』(有斐閣、2019年)326頁。なお、651条2項2号は、「委任者が受任者の利益(専ら報酬を得ることによるものを除く。)をも目的とする委任」を解除した場合は原則として解除当事者(委任者)は損害賠償義務を負うとしたものである。
※3:前掲(※2)山本326頁。
※4:前掲(※1)潮見ほか519頁。
※5:前掲(※2)山本323頁~326頁。
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