東京地判 平成10年5月28日(判例時報1663号112頁、単独事件)
建物賃貸借において、賃料減額請求をした後、一方的に自己の主張する減額した賃料の支払いを継続した賃借人に対し、賃貸人のなした賃料不払いを理由とする賃貸借契約解除が肯定された事例
【事案】
1 平成7年4月、賃借人、従前賃料が月額45万円であったところ、賃料減額請求を行うとともに一方的に月額35万円【注:最終合意賃料の約80%】を支払い開始。
2 賃貸人、賃借人、それぞれ代理人を選任し、賃料について協議。賃貸人は、更新料を45万円、賃料を月額37万円まで譲歩する案を、賃借人は更新料を含め、月額36万円まで譲歩する案をそれぞれ提示するも、合意に達せず。
3 平成7年10月【注:減額請求の半年後である。】、賃貸人、賃借人に対し、当面直ちには協議が成立するとは考えられないとの認識を示し、双方の信頼関係に基づいて今後の協議を適正に続行してゆくための前提として、まず、賃貸人において、更新料45万円及び同年4月分以降の賃料として1か月45万円の割合による金員との差額を支払うべき旨を要求し、10日以内に回答するよう請求。
4 賃借人は、賃貸人は、これに回答しないまま、従前どおり、1か月35万円を賃料として振り込むことを継続
5 平成8年6月【注:減額請求の14ヶ月後である。】、賃貸人、更新料45万円及び14か月分の請求賃料との差額合計140万円を2週間以内に支払うべきこと、今後、毎月の賃料として45万円を弁済期に支払うべきことを催告し、右催告期間内に右支払いのないとき又は毎月の右賃料の支払いのないときは、本件契約を解除する旨の意思表示
6 平成9年2月【注:解除の意思表示の8ヶ月後である。】、賃貸人、賃借人に対し、本件契約の債務不履行解除に基づく明渡請求訴訟提起
7 平成9年7月【注:契約解除の1年後である。】、賃借人、賃貸人に対し、賃料額確認訴訟提起(別訴)
8 平成9年9月、賃借人、賃貸人に対し、別訴で実施された鑑定の結果に基づく平成7年4月時点の本件建物の賃料相当額である1か月36万6600円を基準として、更新料部分73万1100円(2度の更新分)、平成7年5月から同9年9月分まで(29か月分)の不足賃料部分合計48万1400円を支払った。
【判旨】
1 賃料減額請求権が当該請求権行使によって法律関係の変動を生じる形成権であることを前提として、その行使によって定まるべき客観的な相当賃料額と当事者の認識する主観的な賃料相当額とのギャップによって生じる賃料不払いを巡る紛争を防止するため、そのような場合においては、賃貸人は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、賃借人に対し、自己が相当と認める額の賃料の支払を請求することができるものとして、賃貸人の認識に暫定的優位性を認めて、賃借人に右請求額を支払うベき義務があるものとして(したがって、賃借人が右請求賃料の支払いをしないときは、賃料不払いとなるという危険を免れないことになる。)、後日、減額を正当とする裁判が確定した段階において、賃貸人が右確定賃料額を超えて受領した賃料があるときは、賃貸人は、右金額に年一割の割合による法定利息を付して賃借人に返還すべきものとして、賃借人の被った不利益の回復を図るものであって、この種の紛争の解決のルールを定めたもの。
2 「相当と認める額」とは、右規定の趣旨に鑑みると、社会通念上著しく合理性を欠くことのない限り、賃貸人において主観的に相当と判断した額で足りるものと解するのが相当。
3 本件において、賃貸人は代理人を通じて、賃借人の代理人に対し、協議がまとまるまでの間は従前の賃料額を支払うように請求したものであり、その金額は社会通念上著しく合理性を欠くものとは評価し得ないから、賃借人は賃料不払いとの評価を免れない。
4 賃貸人の明示の催告の後においても賃借人は自己の相当と認める賃料額をの支払いを改めることなく、一切これに応じないまま、結局、前後1年以上にもわたって、この態度を継続した賃借人の行動は、前記借地借家法の規定の趣旨に沿わないものというほかなく、その後においてされた後記の鑑定の結果を考慮してもなお、賃借人と賃貸人の賃貸借関係の信頼関係を破壊しない特段の事情があるということはできない。
5 別訴における賃料額確認訴訟については、解除の後に提起されたものであること、判決言い渡しの段階で結論が出ていないことから信頼関係を破壊しない特段の理由があるとはいえない。
【コメント】
本判決は別訴の賃料額確認訴訟の結果を待たずに賃貸借契約解除を認めていますが、賃料減額請求の効果は請求時に遡り、賃料額確認訴訟の結果は信頼関係破壊の有無の判断に重要な影響を及ぼすものと思われる点でこの判決には疑問がないではありません。
その一方で、上記のとおり、賃借人が賃料減額請求をした場合において、賃料減額が認められた場合、その差額賃料は利息も延滞金も含めて回収可能性が極めて高いわけですから、むしろ、減額請求をした賃料を支払って解除となるリスクを冒すよりは、従前の賃料を支払い続けて後に10%の利息付きで差額賃料をもらった方が得策であったように思われます。