東京地判 平成18年11月2日(合議事件)
賃借人が、賃貸人に対し、賃借権の内容を賃料を減額請求により減額された賃料額とする賃借権の確認を求め(第1事件)、これに対し、賃貸人が、賃借人が勝手に減額した賃料しか支払わないとして賃料不払により賃貸借契約を解除し、上記建物の明渡しを求めた(第2事件)事案について、賃貸人からの解除を否定し、第1事件につき、期間の定めがなく、賃料は認定した金額(管理費込み。消費税別)とし賃借権の存在の確認した事例
【事案】
・賃貸物件:美容院店舗(昭和59年竣工当時から賃借人が賃借)その後、所有権はA、B、C、D、本件賃貸人と移転。
・最終合意 賃料月額18万1500円、共益費月額2000円
・平成13年7月、賃借人、賃貸人に対し、賃料・共益費合計で月額12万6000円【注:最終合意賃料の約70%】に減額する旨の意思表示をし、爾後、同額を支払う。
・平成14年10月【注:減額請求の1年3ヶ月後】、賃貸人、未払い賃料として126万5016円【注:最終合意賃料の約7ヶ月分】の支払いを催告。
・平成14年12月 賃借人、上記の賃料は適正であることを主張し、賃借権確認の訴え提起【注:契約解除に先立ち賃借権確認の訴えを賃借人が提起。】。
・平成15年1月21日、賃貸人、賃料不払いを理由として賃貸借契約を解除し、建物の明渡を求める訴えを提起。
・平成16年12月28日【注:解除の約2年後。減額請求の約3年6ヶ月後】、賃借人、賃貸人に対し、未払い賃料の内金として200万円を支払い
【判旨】
・鑑定の結果をふまえ、本件相当賃料は17万6500円と認定【注:賃借人の支払い賃料はその約70%相当】
・契約解除時の賃料不払い額は上記相当賃料を前提とすると144万9837円【注:上記相当賃料の約8ヶ月分】
・しかしながら以下の理由により本件賃貸借契約においては未だ信頼関係が破壊されたとはいえない特段の理由があるとして解除否定。
①本件建物は、A、B、C、D、本件賃貸人と所有権が移転してきたが、所有者兼賃貸人が所在不明となった時期が続き、賃借人において、賃料を供託せざるを得なくなった上、本件ビルの不具合の補修や共用部分の電気代の支払等を賃借人自らが行わなければならなかったこと。
②本件ビルが賃貸人により修繕がされないことで老朽化が進み、また、当時はバブルの崩壊による周辺物件の賃料が減額していたにもかかわらず、賃料の減額交渉ができない状態であったこと
③Dが所有権を取得した後は、本件賃借人は、Dの代理人と称する株式会社Gの担当者と賃料減額について交渉を行っていたこと
④平成13年5月に賃貸人が本件ビルの所有権を取得した後も、賃借人は、本件建物の賃料の減額を求めて交渉しようとしたが、賃貸人は、賃借人が一方的に賃料を減額して支払ってきたとして、従来の賃料の支払がなければ賃料減額の交渉を行うことができないと主張し、賃貸人・賃借人間で具体的な交渉が行われなかったこと
⑤賃借人は、平成13年8月以降、減額通知した賃料を継続的に支払い続け、賃料減額についての交渉がまとまった後はその金額を支払う意思があることを賃貸人に伝え、賃貸人もそのことを認識していながら、従前の賃料の支払がされるまでは賃料減額交渉には応じられないとして交渉を拒絶していたこと。
⑥賃借人は、本件ビルが新築された昭和59年から現在まで本件建物で美容院を経営してきたもので、多くの顧客を有しており、本件建物から他の場所に移転して新たに開業したのではこれまでの顧客を失うなどの不利益が大きいこと、その間、本件建物の新築時の店舗としての内装、その後の改装を行うなど本件建物で営業を続けるための多額の出捐をしていること
③賃借人は、平成16年12月28日【注:契約解除の約1年後】に、不払賃料の内金として200万円を支払い、また、同月分の賃料から、従前の月額賃料18万3500円の支払をしている(前提事実(3)ウ)。賃借人には同年11月分までで、270万2516円の不払賃料があったが、上記200万円の支払で不払額は70万2516円【注:上記相当賃料の約4ヶ月分】に減少していること
【コメント】
賃借人が一方的に減額請求後の賃料を支払っている点で関連判例1と共通しますが、反対の結論になっています。異なる点は以下のとおりです。
①賃貸人からの契約解除に先立ち、賃借人が賃借権確認の訴えを提起している点
②減額の協議ができなかったことについて賃借人に汲むべき事情があり、逆に賃貸人は協議を拒否していた点
③本訴において適正賃料が確定されている点
但し、少なくともこの判決においては確定された適正賃料に基づく不払い賃料を、賃借人がすべて支払ったという事実は認定されておらず、賃借人が一括支払いをした後もなお不払いが賃料の4ヶ月分に達しているという点で、関連判例2は賃借人に汲むべき事情があったため、特に救済した事例と評価するべきではないかと思われます。