東京地判平成10年9月30日(判例時報1673号111頁)



オフィス、飲食店等の雑居ビルの賃貸借において、賃借人である飲食店の迷惑行為により、他の賃借人であるオフィスの使用収益に適した状態におくべき賃貸人の義務違反が肯定され、賃借人による契約解除・賃料減額が認めれた事例

【事案】

1 事務所使用の目的で6階を借りていた賃借人が3階を借り増し。

2 1の後、4,5階に大衆居酒屋、入居。

3 毎日午後5時半ころから午後8時ころまでの間は、1階から4階の大衆居酒屋に行く顧客、4,5階から1階へ帰る顧客で、本件ビルの唯一の上下の移動手段である6人乗りの本件エレベーターが大衆居酒屋の顧客で満杯か、或いはなかなか乗れない状態に陥った。

4 本件エレベーターは、大衆居酒屋の営業時間帯には、酔客で満杯になるため、酒の匂いが充満し、しばしば酔客が大声を出して騒ぐようになった。なお、本件貸室は、本件エレベーターの6階エレベーターホールから出たところがすぐその入口になっているところ、賃借人従業員が静かに残業しているところへ、大衆居酒屋の酔客の中には、誤って空席を探してか、本件エレベーターで6階まで上がって来て、大声を出すものもときどきあって、仕事中の従業員はその都度迷惑を受けた。

5 大衆居酒屋の酔客は、ときどき本件エレベーター内で嘔吐し、大衆居酒屋によって応急の処理がなされても、翌朝までサニースペースによる本格的な清掃処理がなされないため、狭いエレベーター内に耐え難い悪臭が残った。

6 大衆居酒屋は、入居後、従来あった4個の空調室外機を全面的に取り替え、全部で七個に増やした こと、このため、夏場に、大衆居酒屋が4,5階で営業する日には、大衆居酒屋の空調機の容量が多く、4,5階の大衆居酒屋の右室外機から吹き出す熱気が6階のYの室外機に吹き上がってくるため、日中本件貸室内のYの冷房が効きにくくなり、Yの従業員は、毎年夏場には、不快な環境の下で執務をせざるを得なくなった。

7 賃借人、①賃貸人の賃貸借契約の債務不履行を理由として3階の建物賃貸借契約を解除、②6階の賃料減額請求。



【判旨】

1 本件ビルの賃貸人は、賃借目的に従った貸室の利用時間帯は、貸室への出入りが常時支障なくできるようにすることにより、貸室を使用収益するのに適した状態に置く義務あり。

2 大衆居酒屋を入居させたからには、他の賃借人が各自の貸室にたどりつくのに支障がないよう、上下の移動手段ないし経路の確保、増設等の措置を講じるべき義務を負うに至ったものと認めるのが相当。

3 賃貸人には上記措置についての債務不履行あり、テナントXによる3階の賃貸借契約解除は有効。

4 賃貸目的である事務所として、賃借人ないしその顧客が支障なく本件貸室を使用収益するために適した状態におくべき債務について、一部不完全履行があり、かつ、現在までこれが改善されていないものと認めることができるところ、その使用収益の支障の程度ないし賃貸人が入居させた他の貸借人の迷惑行為による不完全履行の割合は、完全な履行状態に比して、一割程度。民法611条を類推適用して、賃料の一割減額認容。



【コメント】

民法611条は「賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。」という規定です。賃貸人の義務不履行により賃借人が賃貸目的物の使用収益を十全になしえなかった場合には民法611条の類推適用により賃料減額請求ができることになります。